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夏季英語研修学院への“留学” 

夏季英語研修学院への“留学”<a href="http://blog-imgs-79.fc2.com/m/i/y/miyahiraj/Image1438999116839.jpg" target="_blank">Image1438999116839.jpg
ベネッセの個人情報流出も何のその、夏休みを利用して、NY近郊の英語学校に行きたい、行かせたい、と思う親子も多いだろう。格差があらゆる方向で広がっている今日、夏休みを息子・娘の語学研修に海外に送りたいと思う親も多いはず。とはいえ、そうした相談が私自身に舞い込むとは、思っても居なかった。。。

ことの起こりは、遠い親戚(姉の娘(姪)の嫁いだ夫の妹の息子)で、私自身も会ったこともない家族の息子T君(高校一年、15歳)が、NYの英語研修学院に、参加することになった。8月のはじめから、3週間の寮生活だという。親御さんとしては、息子を1人アメリカに送りだす、という、まさに、可愛い子には旅をさせろ、という言葉通りで、行け行け、と、準備したものの、さて、本当に行くとなったら、親としては当然の不安に襲われた模様。いくらお金を払って、準備万端整えたところで、実際の旅が、予定と現実とのギャップがあるかもしれない、とは、誰しもマトモな神経を持った親であれば、不安の要素となる。

そして、偶然、NYであれば、親戚の1人がNYCに居る、という話となった模様。今年6月に東京に行った時、NYに戻る日の前日位に、姉から、「。。という次第なので、よろしくね。」と、丸投げされた。JFKに着くのは、8月2日、3週間の語学研修を終えて8月23日には、東京に戻る。この、3週間の間、事故とか不測のことがあった場合には、よろしくね、というのが姉の言い分。
それくらいなら、と、気軽に引き受けた。

とはいえ、まず、JFKに着く飛行機と、合宿先の学校(Thornwood、NYCの北、車で1時間ほど)へ行くリムジン・バスとの橋渡しが気になったので、せめて、飛行場の出迎えと、学校側のバスとの繋ぎ位はした方がよいのでは、と、7月の末、T君母に問い合わせたら、折り返し「甘えてしまって、よろしいですか?」との返事。きっと、T君母は、実際には、心配で堪らないのでは、と、推測した。T君母からは、学校側からきた、案内情報がネットで届いたが、読んでみると、果たして、出迎えの混雑の中、本当にこの情報で大丈夫か?というほどのもの。

実際、JFK出迎えは、正解だった。JFKのターミナルは、#1から#10まであり、バスが巡回している。どのターミナルに到着するのか、飛行機会社により決まるので(国別ではない)、諸外国から複数の飛行機会社が、どの順序でどのターミナルに到着するかは、実際には当日でなければ、わからない。(欠航・遅延もあるし。)飛行機が時間通りに到着したとしても、到着後の入国審査、税関を終えて自分のスーツケースを自分で集めて、出てきた生徒を、学校側が正確に見つけ(日本ばかりではなく、全世界から英語を習いにきた子供達で、言葉も習いに来たのだから、当然充分解らない子達)を漏れなくバスで寮まで送り届けるのは、大変な作業だと思う。学校からの案内には、出迎えが一時間以上経っても現れなかったら、ターミナルの「ご案内」で、学校の出迎え者に連絡を入れてもらうように、としか書かれていない。

だが、実際、夏の入国審査は、(昨今の世界情勢から)若者の移動については、厳しく、長時間待たされることもザラ。実際T君は、飛行機到着後、2時間以上して、やっと、到着ロビーに現れた。学校の出迎えなど、どこにも居ない。到着ロビー・サービスに聴いたら、そんなことは、自分達で、処理しなさい、という素気無い回答。リモ・バスの会社(コネチカット州の会社)に電話を入れて、事情を話したら、運よく、同じターミナルに大学生グループ(こちらはNYCからより近いタリータウンの宿舎行き)を乗せるバスがいるので、運転手に迎えに行かせる。ついては、両替コーナーに行って待って下さい、と。T君と、二人で、両替コーナーに行くと、学校のカードをもった人が現れ、無事T君は、ソーンウッドにある学校まで行けた(と、メールが入った)。飛行機到着は、4時半、バスに乗せたのは、6時半、やはり、来てよかった。

T君は、折り目正しい学生さんで、180cmと、なりは大きいが、童顔だ。3週間の予定表を渡してくれたので、見たら、驚いた。一体英語はいつ学ぶのか、という感じで、どの日も、アクティビティと称する、校外へのツァー満載。聴いたら、授業は、8時から1時か2時には終わり、あとは、アクティビティを選ぶのだと。〈選び方によっては、研修費用を大幅に越える追加となる。)学校は、NYの北に1時間ほど汽車にのった駅から、バス・タクシーで、地区のショッピング・モールに行き、そこから徒歩15分位で到着(時間によっては、バスで5分)。

T君がNYCに来た時、聞いてみたら、日本人は、割りにまじめに授業に出席するが、ヨーロッパとか、他国からの学生は、朝から、自由行動をする人もいる、とか。(一応、クラスの出席は取り、70%出席しないと、いけない、というルールはあるものの、どうも、チャランポランみたいだ、とか)で、自由時間となると、モールで買い物、または、汽車にのって、NYCのグランド・セントラルに来てしまえば、あとは、地下鉄・バスで、NYCのどこにでも行ける、遊べる、食べる、買い物をする、劇場に行く、ゲームを見る、野球場に行く、公園めぐりをする、など、NYCは、それこそ、世界最大の観光地。T君も、新しい友人と、頻繁にNYCに現れたらしい。

私は、T君と友達につきあって、国連、セントラル・パーク、ブロードウェイ、パノラマ・ヴューのカフェ、など巡り、また別の機会では、T君と、マンハッタンとスターテン・アイランドのフェリーで、船旅気分を味わったり、ペン駅と、GC駅の比較、など、私自身には思いもつかないご希望の場所に添乗員を勤めた。T君は、とてもシッカリした子で、何の危なげのない子だ。おかげで、私も、いつもの行動以外の場所にも行け、T君の意見も聴けて、楽しかった。まだまだ、野球を見る、とか、エンパイア・ステート・ビルとか、ハード・ロック・カフェに行く、とか、若い人達の、グループ行動で、あれこれ忙しい日々と思うが、8月22日(土)の飛行機で、日本に戻る。

私が海外に出た最初は、大学4年の春休み、1966年?だったか、韓国に行った時だった。当時、李承晩政権をクーデターで倒した朴正煕(現大統領の父)が大統領となってすぐだった頃だ。延正大学のセミナーに参加し、高麗大学、李花大学に行き、慶州の仏像なども訪れた。

その時、自分が学んだのは、どの国でもいいから、一度、自国を離れて、外国に足を踏み入れてみれば、それまでの自分の考えていた常識とは、全く別の常識があることが理屈でなく、体験として全身で理解できる、ということだった。この記憶があるから、その後の私は、米国に住み、欧州をはじめ、南米も、中近東も旅をすることに抵抗が無くなったと思う。

15歳の高校生にとって、この3週間の英語研修が、どのような影響を与えるのか、わからないが、賢いT君をみていると、日本も多くの自立した若者が増えていくのでは、という希望も感じることが出来た。そんな期待も抱かせてくれた、この夏だった。

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