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人民が国家を選ぶ時 - ミネアポリスからISISへ 

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最近ISIS (ISILともいう)が、ネットを使って、全世界に、イスラム国が成立した、という広報活動をアッピールしている事象が多く眼にはいる。少し前までは、シリアとイラクの国境をまたいで、ムハンマドの時代(7世紀)までさかのぼるカリフ制と言う行政システムを、国家の統治システムとして使うのだと言いつつ、地域限定の模様だったのが、世界中のISIS派に檄を飛ばし、イスラム国に逆らう敵は皆殺しとばかり、急激に、シリア、イラクはおろか、チュニジア、タイプは違うがパリなど、あちらこちらにテロ行為の飛び火を撒いて、それに対して、西欧列強も米国も、なすすべもなく、見守るばかり、という体たらく。

特に、ヨルダンのパイロットを生きたまま檻にいれて、焼き殺す、あるいは、ジャーナリストを捕らえて莫大な身代金を要求し、支払いがない場合は、斬首する、などの残虐行為を行い、日本人も二名が犠牲になった。西欧の国々は、個々のテロを非難はするものの、実働部隊は、派遣せず、と控えているので、ISISは、まさにやりたい放題の印象。

逆に、私など子供の頃、絵本アラビアン・ナイトでしか聴いたことのないカリフという教主を現代に復活させるとか聞けば、悪くいえば、時代を間違ったか、と思ってしまうISISの主張だが、なぜか若者の間に、ツィッターや、ライン、FBなどを通して浸透し、すでに欧州からは、3000人を越える聖戦兵士(ジハディスト)がISISに参加しているといわれている。

この背景には、西欧諸国に下層労働者として、だが名だけは、“ゲスト・ワーカー”として迎え入れられたイスラム圏からの難民のような労働者の2代目、3代目は、親に連れてこられた西欧国(ドイツ、フランス、オランダ等)で、低賃金と教育の格差などの被害を受け、「オレ達、なぜ、こんな西欧白人から差別されなきゃいけないのか?」と不満を持つ若者にとって、ISISは、希望に満ちた建国途上の国家に見えたとしても、ある点理解できるかもしれない。ロンドン訛りのジハード・ジョンという覆面の若者が、イスラム国の一員として、米国人の、そして日本人のジャーナリストの首をナイフで斬りおとして、恬として恥じない態度が、動画で全世界に流れた時は、多くの人が、とうとう来たかと思ったのではないだろうか。

今までは、国家は、殆どの人々の生まれる前から存在し、親が、そこの国民であったから、という血縁主義か(日本)、或いは、ある国の領土で生まれれば、その国の国民になる、という生地主義(アメリカ、ブラジル、フランスなど)を国籍の理由にしていた。だが、実際問題としては、この二通り以外にも、母親の血統と、父親の血統、生まれた国の法律、重国籍を拒否する国、許容する国、と、様々な要素があり、また、それぞれの国の税法や、民法などが絡んでくるので、一体いつまで国籍に意味を持たせるのか、世界的規模では、はなはだ心許ない状況である。

3月22日付けのNYタイムズ紙は、こうした背景を元に、昨年5月29日にミネアポリス(ミネソタ州)から米国を出国して、シリアに渡った若者と、出国前に捕縛された若者の軌跡を追った記事をのせた。(記者は、スコット・シェーン氏。)世界のお手本と長らく思われてきたアメリカも、また西欧諸国も、これから国家の概念が変わっていくのだろうか、という不安に襲われる記事もある中、冷静に事実を通して、2人の若者の足跡を辿っていった、力作である。

日本でも、イスラム国に行きたいと希望した大学生もいたと聞く。地球規模で考えれば、島国だからといって、また、一つの民族だからといって、これからも日本だけが単民族国家であり続けるかというのは楽観に過ぎると思っていた時に読んだインパクトは大きかった。

NYタイムスによれば、“ヨハネの黙示録のようなイスラム国の教義と予言に魅せられたアメリカの若者の足跡の記録”だという。以下はその抄訳。(翻訳力に欠けるところは、お許し下さい。また、抄訳で全文ではありません。ご興味のある方は、NY Timesでお読み下さい。)

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アメリカ人で、イスラム国に魅かれる者は、欧州の3000人に比べれば、まだ少ない。今まで、国外に出る以前に捕縛されたのは、25名以下である。ソーシャルメディアの情報では、恐らく20数名は、シリアに行ったのではないかと言われている。イスラム国兵士として戦って死亡したのは、少なくとも4人いる、との情報。イスラム国戦士を希望する動機もバラバラである為、出国前に拘禁することも容易なことではないという。

これまでのところ、アメリカ人で、イスラム国戦士を希望する者は、急激に狂信者となった者が大半だ。また、それと判らない場合でも、ジハードに参加する前に、ナイキの靴や運動服などを買いにモールに行くケースが多いという。今回出国したアブディ・ヌア氏、もメーシー百貨店でナイキの靴を買ったと、FBIの捜査官は語った。(逆は必ずしも真ならず、ではあるが。)

戦士予備軍は、大半男性であるが、女性もいるという。ボランティアには、若すぎて車も運転できない子から、家族も仕事ももっている人の場合もある。また、軽犯罪を繰り返す者も、勤勉な学生もいる。つまり雑多だ。だが、イスラム教に本人の意思で改宗するのは僅かで、親がイスラム教国にルーツを持つケースが殆どである、という。

米国で、そうしたルーツが明確に存在するのは、ミネアポリスで、ソマリアにルーツを持つ若者が20数名シャハブ(ソマリアのアルカイダ系)と一緒に戦うと言って出国したが、ソマリア系の大人たちの期待を裏切りイスラム国に参加した、というケースもある。

ボランティアは、全国からバラバラと集まってきている。先週木曜(19日)には、47歳の空軍飛行兵がイスラム国に参加したいといって、ブルックリンで拘禁された。その2週前には、バージニア州で、ITに詳しい17歳の少年が数才年上の男がテログループに連絡を取り、シリアに行く手伝いをしたというので、逮捕された。

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アブディ・ヌア氏は、ミネアポリスの地域のカレッジに入学し、弁護士になる勉強をしていた。その内、近くのモスクに足を運ぶようになり、衣服も伝統的で地味な身なりとなったという。友人の1人にアブドラ・ユーサフ氏(18歳)がいるが、運命は、2人の行く先をはっきり分けた。彼は、米国を発つ前に囚われ、現在はミネアポリスの更正院に拘留され長期の刑務所暮らしの代わりに、テロ志願者を引き止める側の仕事をしている。一方、アブディ・ヌア氏は、無事出国してトルコに行き、米国に残した母親と姉の帰国懇請を振り払い、7月には、カラシニコフ銃をもった勇姿をネットに載せた。今年3月20日に二十歳になったばかり。ツィッターで、「アラーのお陰で、無事ラッカに着きました。」と。

取り締まる側(また、イスラム国を認めていない政府)からみれば、こうしたケースで、共通した問題は、イスラム国がネットで宣言しているほど既に十分な戦士を集めたのか、個々に面談して説得しているのか、という疑問である。ミネアポリスの法廷は、イスラム国のリクルーターは、ヌア氏やユーサフ氏に飛行機の切符を買う金を与えたのかを調査中である。
「若いのが、ある朝、急に「僕はイスラム国兵士になる」と言い出すとは思えない」、と語るのは、アブディリザク・ビヒ、50才。甥が2008年にミネソタを離れ、シャハブと戦って殺されて以来、ラジカルな運動に反対するというソマリアの活動家。「誰かが、実際に若者の不満や愚痴を聞き、怒りを組織に伝える者がいるはずだ。オンラインになれば、終盤間近だな。」

米国を発つ前に捕縛される者についてはほぼ完璧に履歴が割れている。例えば、マイケル・トッド・ウォルフ、23歳、テキサス出身のイスラム教徒、過去に人身危害、強盗歴あり、の場合、ヒューストン空港で拘束された。彼は、イスラム国に行くべきか、アルカエダ関連のヌースラ戦線に入るか、悩んでいた。

デンバー空港で、FBIエージェントが待っていたのは、シャノン・コンリー、19歳。彼女は、看護士としての技術をイスラム国で側面援助で使えると考えている。また、彼女は、オンラインで知り合った、イスラム国で働いている、チュニジア出身のリクルーターと結婚したいと考えていた。

モハメッド・ハムザー・カーン(19歳)は、弟妹を連れてシカゴのオヘア空港に着いたところを捕まった。彼は、両親に宛てて長い手紙を書き、自分に課される税金が外国のムスリム教徒を殺す為に使われるアメリカに留まることは出来ない、と、述べた。

イスラム国への旅に備えて、リクルートする側では、「イスラム国への旅路」というガイドブックを用意している。この2月から、ウェブで入手でき、50ページに渡って、電気のプラグの種類や梱包の仕方など、旅行ガイド並に、懇切丁寧に説明してある。例えば、「バックパックは、ポケットが一杯ついているのがお勧め」とか、「イスラム国に着いたら、15名の男性と3名の女性がガイドを勤めます」、など。

「ジハードに関する情報は、ソフトウェアを使って、すべて「ハイド(隠匿)」にするように。」という注意事項も、たどたどしい英語ながら入っている。途中の中継国トルコの官憲に疑われた場合どうするか。ネット・スクリーンの上で、トルコのヴィザの申請書を見せ、まず入国の目的に「シリアのジハードに参加する為」という項目にXがついている行が追加されている書式を見せ、次にそれを削除して、本来の「旅行・観光」の項にXを書いて見せるなど芸が細かい。

こうしてイスラム国に到着したアメリカ人のその後の動静は、時たまオンラインに出てくるが、ほぼ、ネット名に隠れている。シリアにある中東メディアリサーチ研究所で働くアナット・アグロン女子が調査した、英語を話す外国人兵士について、米人と確定しているのは、男性6人と女性3人だとのことである。

アグロンさんによれば、クロウというイスラム教に改宗した女性はサン・フランシスコから来た人で、ヌスラ・フロントで戦っているウェールズ(英国)出身の兵士と結婚したようだ。二人とも、自分の猫をツィッターに載せ、結婚の誓いを述べている。クロウの項には宗教的な敬虔な文とシリアでの生活について軽妙に語ってのせている。

だが、一方イスラム国の冷酷性、残虐な戦争を眼にした人々もいる。ペンシルバニア州から来た1人とミネソタ州から来た3人は、戦って死亡した。先月、リビアの浜辺で、マスクをした戦闘士がエジプトのキリスト教徒21名を斬首した時、リーダーは、ビデオ・カメラに向けて、アメリカ風の英語で話した為、この男はアメリカに住んでいたのではないかと、推察された。

3月2日、イスラム国にリンクしているツイッターに、イラクのサマラ市外で、自爆トラック爆発があったが、実行したのは、アブ・ダウード・アル・アメリカ、つまり、アメリカ人だった、という発表があった。その男の素性について、正式な米政府発表はまだない。

ミネアポリス出身のヌア氏は、ソーシャル・メディアでも活動を続けているが、イスラム国を支援しているカドで、欠席裁判にかけられた為、情報は、他のケースよりも揃っている。氏の家族は、記者のインタビューを断ったが、「家族にとってはつらいことだ」と、オマル・ジャマル氏は言った。ジャマル氏は、米ソマリア協会のミネアポリス支部の活動家であり、家族の心中を慮った発言だった。家族が発言したことで、シリアに居る息子、ソマリアにいる親戚に害が及ぶのではないか、とね、と。それも近所の人達とか、仕事関係の人達から、辛い思いをさせられながらである。

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移民してきたヌア氏の両親は、昨年の3月に、ヌア氏がオンラインで、アル・カエダのリクルーターの言葉をアップしたことも知らなかった。それは“我々は真理と正義のために戦う。あなた方(米兵士)は、抑圧と世俗の利益の為に戦う。”だったと。
(訳注:米政府のドローン飛行爆発で殺されたアルカイダの幹部・リクルーター、アンワー・アル・アウラキ師の言葉)

いつの間にか、ヌア氏とユーサフ氏にとって、“あなた”はアメリカ人のことで、“我々”は、ジハディストになった。2人がミネアポリスの郊外ブルーミントンの新しいモスクに行ってまもなく、2人はイスラム国に興味を持った。その時は、まだ西欧のジャーナリストの斬首の映像は出ていなかった頃である。それはその後の話だ。

ユーサフ氏が急いでパスポートを作って欲しいと言いながら、渡航目的については、曖昧であったことから、パスポート専門家は、FBIに連絡を取った。5月28日にミネアポリス空港で、ユーサフ氏は逮捕され、彼は搭乗できなかった。彼を送ってきた、青いフォルクス・ワーゲン・ジェッタは、ヌア氏の妹の友達の車だった。だが、29日にヌア氏を逮捕に来た時は、既にヌア氏は数時間前の便で、米国を離れていたのである。

ヌア氏の失踪は、ソマリ社会には、大きな打撃だった。“噂は野火のように広がった。ヌアが失踪し、行く先は誰も知らない。”ヌア氏と同じ高校に行き、一緒に卒業したアブディリザク・ワーサム氏は言った。数日前にも一緒に野球をしたのに。“全く訳がわかりませんね。”とワーサム氏。

翌日5月30日、ヌア氏の姉、イフラーは、家族のアパートのそばの警察署に歩いて行き、失踪届けを出した。2日ほどで、姉は、フェースブックや、キック(kik)というアプリを使い、トルコにいるヌア氏と、連絡を取った。その会話は、裁判所の記録に含まれている。

姉は、弟を叱った。「父さんが酷いショックを受けたわ」、と。
「貧しい人達を殺すのは、何の役にもならないことよ。」また、感情に訴えようとした。「言うことを聞いて頂戴。私にとって、あんたは大事な弟よ。今の状態を知ったら耐えられないわ。」
ヌア氏は、静かに姉を諭した。「僕が家族がどうでもいいと思っているなら、家出しなかったよ。でも僕は、天国に行きたかったんだ、家族全員で。」

シリアに着いたばかりのヌア氏は、陽気で元気よく、オンラインにも華々しく登場した。ヌア氏は、英語の先生となって(「教室は満杯だよ」)、代わりにハンドガンや、ピストルの撃ち方も習い、クルド族との戦いにも興奮していた。(「こんなに高揚した気分ははじめてだ」)周りの“兄弟達”ともよかった。(「みんな、凄いぜ」)

8月7日、彼はウェブサイトのAsk.fm(君に質問)のサイトで、ミネアポリスの友達からの質問を見た。
「一体、君を洗脳したのはだれなんだ?」
ヌア氏は、返した。「アッラーの言葉、コーランの言葉。それで、僕は受け入れた。」
だが、中にはホームシックになったと思われる点もあった。ジハディストとなった彼の産みの母親がどうしているのかメッセージの数々。やがて、メッセージは減り、高揚の気分は消えた。「母さん、我慢してくれよ。」死後の世界で、また会えるから、と宥めながら。

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それ以後、二つのドラマがミネアポリスで展開した。連邦裁判所は、リクルーターの行動の一環として、多くのソマリア系の若者から事情聴取した。その1人は、ユーサフ氏と話をしている時、ユーサフ氏が、トルコ行きの飛行機の切符を買うために、知り合いから$1500もらった、と言ったと証言した。

その内、ブルーミントンのモスク、アル・ファルーク・ファミリー・センターのリーダー数人が、モスクのボランティアであるアミル・メシャル(31才)が、10代の子供達に、戦闘について教え、誘っていると、非難し始めた。

「6月になって、この特定の人が、急進的意見を子供達に教え始めたことが判り、モスクに出入り禁止にしました。」と、モスクの弁護士、ジョーダン・クッシュナー氏は、述べた。警察に出された苦情には「メシャル氏の児童への関わり方に見られる問題」とある。また、同じ地区の別のモスクでも、同様の苦情があることが判明した。

メシャル氏は、ニュー・ジャージー州出身のアメリカ人で、長期にわたり、連邦政府と係争を続けていたことも述べられている。氏によれば、「誰にもイスラム国の戦士になれ、とも、あるいは他の国で無辜の人を殺戮せよ、とも、その費用を出すとも言ったことはありません。」

2009年の公民権訴訟では、メシャル氏は、2007年に氏が4ヶ月の間、ケニア、ソマリア、エチオピアで極秘裏に拘禁されている間、FBIエージェントや、他の米国政府の係官に脅迫されたと申し立てた。氏によれば、氏は、ソマリアでイスラム教の研究をしている時に、紛争が起きた、と述べたが、政府側は、その時氏は銃撃訓練を受け、シャハブのリーダーの通訳をしていたことがある。

2014年、氏の訴訟は、無効となったが、裁判官は、氏の扱いは「極めて不当」であると認めた。このケースは現在上告され係争中である。

ヌア氏のもう1人の被告となるユーサフ氏は、テロリストに物理的支援をした門で、有罪となり、最長15年の実刑の可能性がある。但し、全国的に映像を流すというテスト・ケースで、マイケル・J・デーヴィス連邦裁判官は、判決前の告示で、ユーサフ氏は、刑務所ではなく更正院に拘留させることに賛成した。これは、教育的措置であり、ミネアポリスの非営利団体Heartland Democracyの教育措置としてサポートされたものである。現在、氏はベスト・バイ(IT機器専門販売店)で働き、市大学に通っている。

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