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銃とアメリカ人-その2 

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>今月20日に載せたブログでは、NYタイムス誌の基調論説に近いのか、銃問題の根っこには人種差別があるという意見であった。私自身誤解していたのだが、あの論文を書いたDavid Coleという教授は、黒人では無い。こうした点を書いてしまうのも、アメリカという国が、成立の最初から、人種問題を、社会の根幹にはらんでいたからだ、と、最近尽々思う。それで、今回は、普通の人々の意見を攫ってみた。NYタイムスの意見欄に載ったものである。同時に、議論の迷走振りも判るような気がするので。

カリフォルニア大学のアダム・ウィンカー氏は、「我々は(銃への)愛着を抑えられる」という題名で、「我国の銃論争は、生命と自由の間に立って、感情的になりがちだ。銃保持権論者と、銃規制論者、これら2つの全く相反する見方は、どちらの側も自分に有利な統計を出してくる。」と論ずる。

一部抜粋すると、「規制主義者は、銃によって命を落とす人の数(毎年30,000人、100,000人につき10人)が他国の銃規制の厳しい国と較べて、比較にならない程多いことを挙げる。(例えば日本では100,000人につき0.7人であるし、英国では、100,000人につき 0.25人である。)

銃保有権主義者は、違った統計を出してくる。何人が、凶暴な攻撃から自分を護るために銃を使ったのか、と。焦点は、正統防衛に使われる銃である。 (中略)正当防衛に使われた場合は、警察の記録に残らず、統計に入らない。だが、年間にすれば、恐らく100,000件か、多く見積もれば2,000,000件だろうと推定される。」

氏の主張からいくと、30,000人が銃で死亡するが、100,000人乃至2,000,000人が正当防衛で身を護ったことになる。更に、氏は、「銃に関する感情的討論を、統制されたものにするには、武装解除からは離れた議論にし、アメリカでの銃の永続性を認めることである。出まわっているだけでも300,000,000の銃が民間にあり、銃保持者が自発的に銃を諦めるとは考えられることではない。銃は、現実に存在するのだ。以前、我々は、酒を違法とし、禁酒法を作り、違法なヤクを麻薬戦争で退治しようとした。だが結果は両方とも失敗だったではないか。銃規制で銃を無くそうというのも、所詮無理な話というものだ。」と締めくくった。

対して、過去短銃規制協会の協会長を務めたロバート・ウォーカー氏は、「(銃への)愛着が良識を曇らせてはならない」と題して、自分の体験を述べる。
「私は、自分が、家族の数よりも銃の数の多い家庭に育った為に、アメリカ人が銃に持つ深い愛着を理解できる。それは狩とか射撃競技とかを好むというのではない。多くの人に取って、自己防衛権の発露であり、独裁者に対抗する武器なのである。感情的か、理詰めかという以前に、最高裁の憲法修正第ニ条の判断によれば、銃保持権は確立された権利である。」と言いながら、「銃に関する限りは、我々個人の選択は、法的規制と同時に、我々の感情ではなく、証拠に基づいた判断をすべきである。銃保持者は安心を得るかもしれないが、証拠をみれば、家庭にある銃器は、戦争用銃器かどうかに関わりなく、高い比率で死や傷害に結びついているという事実である。同時に、銃をふさわしくない者の手に入らない様にする為の身辺チェック・犯罪歴チェックは、犯罪に使用する可能性を低めてきたという事実が存在する。」と冷静だ。

そして、「アメリカのガン・ロビーは、学校や、劇場、バーなども、重装備で安全を確保すべきだと言うだろうが、そうした極端な見方をする人は銃保持権者の中でもそう多くは無い。」と括った。

「銃とアメリカ人」のその1では、論説委員は、人種差別と銃との関わりを中心に置いたが、「子供への銃の影響を考えよう」と述べるのは、ハーレム子供会を主宰するジェフリー・カナダ氏である。 
「私はハーレムで30年過ごした。その間、ハンド・ガンの手に掛かって死んだ若者の葬式には数多く出席し、母親の悲嘆にくれる手を握ってきた。こうした悲劇的で、不必要な葬式に参列した者としては、この国が自動車を買うよりも、ずっと容易く銃を手に入れることが出来るという事実に怒りを覚えざるをえない。」 とストレートに訴える。

そして、「我国の基礎を作った父達の一人ジェームス・マディソンが修正第二条で、無辜の犠牲者を生み出すことに正当性を与えようなどとは、思いもつかなかったことと考える。」と言う時、氏の立場から、大きな説得力を感じた人は数多くいるに違いない。

最後に、女性の論客、ノン・フィクション・ライターのケィトリン・ケリー氏の意見。
「何故女性に取って銃規制法の行方が感情的な問題となるのだろうか?何故ならそれは個人を防御するという問題を含むからである。女性は安全であることを願うからだ。」と述べる。氏によれば、「2011年の疾病センターの報告書は恐るべき統計を載せている。5人に一人の女性は、人生に一度は強姦される。また、4人に一人は親しく交際している男性から暴力を受け、6人に一人は、ストーカーの被害者になる」と。
これが事実であれば、とっくの昔に、「警察は何をしている」という声が女性側から上がってもいいハズなのだが。

彼女は、「私は、餌食になることへの心底からの恐怖と、税金を払っているのに、保護してくれるべき役所が無視を続けていることに、激しい怒りを感じる。私は犯罪の犠牲者になることがどんなことかを身を持って知っている。」と言うので、何事かと続きを読むと、
「1998年、私は、或る男性と知り合った。彼は、“付き合いを求める”個人広告で、自分は成功している弁護士だと載せたので、私はそれに応えたのだった。事実は、彼は犯罪者で、他州で刑務所の期間を終えたばかりでNYに来て、また詐欺を始めたのだった。彼は、私宛の郵便物を開封し、クレジットカードを盗用し、署名を偽造し、何週間も私に嫌がらせを続けた。近所の警察と、地検の担当官は、私を嘲笑い、裁判して貰いたいとの私の願いを却下した。私の命が危険に晒されたわけではないが、私は、犯罪の被害者であるのに、行政は何もしてくれなかった。独り住まいで、家族から離れ、私は恐怖に怯え、無力感を感じた」のだそうで。

「税金を払っているのに、」というのはアメリカ人が日常口にする言葉である。一般の市民がどのようなことであれ「税金を払っているのに、」と言えるのは、やはりそれだけ行政への眼が厳しいことの裏付けでもある。
さて、その結果ケリー女史はこう締めくくった。「私は、武装することに決めた。それは必要だったからではないし、そうしたかったからではない。だが、私は、心底怖かったし、絶対被害者にはなりたく無かった。税金を納めている私を誰も護ってくれないのだから。」
ケリー女史によれば、「女性は常に、自分の銃の被害者になるというかもしれない。ナンシー・ランザがいい例だ。(訳注:ニュータウン乱射事件の犯人の母親。最初に息子に銃で撃たれて死亡。)だが、訓練を積めば女性でも素早く、正確に狙い撃ちできる。無論女性も狩に行ったり、スキート射撃をするために銃を買うかもしれないが、自分の身を護る為にも買うものだ。アメリカで女性が自衛し、正当に攻撃から身を護らなければならないと思えば、銃を買うだろう。」という意見は、ライフル協会にエールを送っているようにも思える。

これだけ、様々なベクトルから、意見が出てくるところが、アメリカの或る意味健全性を保証しているのではないだろうか。また突拍子もない意見と言う人がいたとしても臆せずに言える社会では。 

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銃とアメリカ人-その1.   

昨年12月14日に起きた、コネチカット州ニュータウンで起きた銃乱射事件は、日頃から拳銃を持ち慣れているようなアメリカ人にも大きな衝撃を与えた。その後も、各地で、銃での犯罪、事故が収まらない。何故、取り締まらないのか、と、日本人の私には不思議で仕方が無かったのだが、この乱射事件をキッカケに、オバマ大統領は、全米ライフル協会と四ツに組んで、銃規制の方向で、動きだした。今後、どのように変わるのか、変わらないのか、まだ不明ではあるが、混沌とした銃規制の攻防戦はその初めは米国憲法の権利の章典、修正第2号から始まっている。
以下は、元旦に、NYタイムス誌が掲載した銃規制をめぐる、背景、各界の意見、などの特集から、基調の論文を訳したものである。著者(デビッド・コールDavid Cole)は、ジョージタウン大学法律センターの憲法及び刑法の教授である。無論、氏の意見が全面的に正しいかどうかは、これからのアメリカの動きを見るしか無いが、過去からの大きな流れを掴む上で、参考になると思い、掲載しました。(訳者:宮平順子)


20121216-SHOOTING-slide-6NZG-articleLarge[1]被害者を悼んで黙祷

だれが銃保持権の代償を払うのか?Published: January 1, 2013
Washington
ニュータウンの児童虐殺事件後、全国の新聞は、いたいけな子供たち犠牲者の心を抉る痛ましい写真で溢れた。虐殺自体が想像もつかないほどショッキングだった。だが銃の暴力による惨劇の残滓は、郊外でよりもアメリカ全土の都市部各地でより深く感じられたのだ。

銃武装権といえば、思い浮かぶのは、ライフルを肩に、大平原を駆け巡るカウボーイのかっこいい姿である。だが現代のアメリカで銃武装権は、現実には暗い路地裏で黒人の若者が、銃で撃たれて横たわる姿である。銃武装権があることを喜ぶ場合、我々は、人種差別の重荷を往々にして忘れているのではないだろうか。銃の暴力を考える時、都市部に焦点を当てなければならない。

昨年、シカゴでは500件の殺人事件があり、その87%は銃関連だった。市内の公立学校では2011-2年の間に319名の生徒が銃で撃たれ24名が命を落とした。シカゴ人口の内、アフリカ系米人は33%を占めるが、同時に殺人被害者の70%はアフリカ系米人なのである。

他の都市でも同様である。2011年に、フィラデルフィアでは324人が殺されたが、その80%は銃であり、被害者の75%は黒人だった。

銃暴力での人種の偏りは生活の他のどの面でよりも偏っている。黒人の失業率は白人の倍であり乳児死亡率も白人の2倍である。だが、若い黒人男性は、若い白人男性のまさに8倍の率で、銃殺されている。例えばフィラデルフィア市の北地区と、シカゴの南地区の死亡者が黒人とラテン系に集中しているから、銃規制は緩くても良いと考えられているのだろうか?

銃規制の歴史は、人種と密接にからみ合っている。米国で最も厳しい銃規制の法律は、南北戦争の直後の南部であった。南部の白人達は、新しく自由を得た奴隷達が武器を得たら何をしでかすかと、怯えたのである。同時に北部の人々は、開放奴隷がク・クルス・クラン(KKK)の攻撃から護るためには武器を取る権利は必要だと認めたのである。

1960年代に、ヒューイ・P.ニュートンと、ブラック・パンサー党は、銃を、ブラック・パワーの象徴として、銃こそが我々を開放する、と宣言した。1967年5月2日、カリフォルニア州の緩い銃規制の下で、数人のブラック・パンサー達は、弾を込めた銃を掲げて、州都サクラメントの街路を練り歩き、全国の紙面を飾った。警察は、パンサー達が法を犯した訳ではないので、手を出せなかった。だが、その3ヶ月後、ロナルド・レーガン州知事は、最も厳しい銃規制法案を通したのである。

1960年代後半の都市での暴動は、増加する犯罪率と大物暗殺が続々起こるなか、議会は連邦銃規制法案を可決し、連邦許可を持ったディーラー以外の州を超えて銃の売買、銃コレクターの取引を禁じ、また犯罪者、精神障害者、麻薬中毒者、未成年への銃販売を禁止し銃販売免許制度を厳しくした。

だがこれらの法には大きな抜け穴があり、現代銃器は増える一方、性能も格段に良くなっていった。それでも銃を使った暴力が、都会のゲットーにたむろする若年黒人が的になっている間は、国家としては関心を払わなかったのである。ところがニュータウンでは、通常であれば眼に見えない帯銃権のコストは、急激に明確に見えたのである。何故か?撃たれた犠牲者が通常の標的ではなかったからだ。全国民は、それに気付き、オバマ大統領は、改正法案を約束した。だが、まだ正式な法案を上程していない。

銃保持権主義者は、銃規制法案は、暴力を減らしはしない。その証拠に既に厳しい銃規制法を敷いて居る州こそ、銃の暴力が多いからだ、と主張する。だが、この論法は、州外の銃取扱い店から銃を買うのは極めて容易い、という事実を無視している。効果的に銃規制をするには全国的規模の調整で応えることだ。

皮肉な見方をする人は、銃規制改訂の行き詰まりを打開するためには、ブラック・パンサーを復活させ白人を怯えさせることだ、などというかもしれない。我々はそんな対策よりはましな方法を考えるべきだろう。もし全国民が、ニュータウンの犠牲者に示したのと同様の弔意を、都市部の若い黒人やラテン系の人々で毎日振りかかる攻撃に晒され倒れた人々に表わしていたなら、銃規制に留まらず、もっと広範囲な手立てを取り入れる為の支持が得られただろう。

もし、我々が銃保持権を維持するための不公平なコストを削減しようと思えば、単に保持免許の規制を厳しくするだけでなく、個人の銃売買については身元チェックをするか、攻撃用武器の売買を禁じなければならない。全国的にそうした手段を取るのに加えて、銃暴力が最も頻繁に起こっている場所で集中的に法改正すべきだろう、つまり都市部で。ギャングの銃撃に対して、警察とソーシャルワーカーの積極的介入、同時に経済的投資を導入し、学校を改善し、放課後の活動や、職業訓練プログラムなど、もし銃保持権の為に起こる暴力を緩和しようと思えば、すべてを動員することが必要だ。

全国ライフル協会の言い方を借りれば、「銃が人を殺すのではない。貧困への無関心が人を殺すのだ。」我々は、もはや良心の咎めを感じないで、黒人の若者に、銃保持権の代価を払わせるべきでは無い。

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