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事実と真実 

 anatolia_MAIN[1] (325x227)

映画の話をしたい。大仰な題になってしまったが、この二つの扱いは難しいというのは、古今を問わず、人間社会の永遠の命題だと思うが、これを一般人に判らせてくれたのが、トルコの監督、ヌリ・ビルジ・チェーランさん(と読むのかどうか判らない)で、作品は「Once Upon a Time In Anatolia」。強いて訳せば「アナトリア今昔物語」。

2011年のカンヌ映画祭に協賛者無く出品されながら、グランプリを獲得した作品である。

映画は、地方警察(一応トルコの首都アンカラではあるが)の警察官が、泥酔の上の殺しを白状した男が、「現場に行けば屍体がある」と言うので、夕方現場に行って死体を確認すれば、仕事が終了するだろうと思った警察官と、担当検察官、死亡を確認する医師と、容疑者の二人(大人と子供)、それに地面に埋めた「死体」を掘る為の人夫を乗せた車3台が連なって、アナトリア草原に繰り出すところから始まる。

アナトリア草原(ステップ)は、小アジア(アジア・マイナー)と呼ばれたトルコの西側一帯であるが、その地域は、アジアの西の広範囲の地域を含み、北は黒海、北東はグルジア、東はイラン、アルメニア、南東はメソポタミア、南は地中海、西はエーゲ海、にも達する広大な地区にある。ここには、古くは、ヒッタイト、ペルシャ、ギリシャ、アッシリア、アルメニア、セルジュク・トルコ、オットーマン(オスマン)・トルコ、といった、諸文化が花開いた地区でもある。いわば、世界の縮図のような地域である。

だが、文化が花開いたのは昔のこと、現在は、首都アンカラに代表される都市と、辺境の地の格差に喘いでいる地区でもある。気候的にも、夏は暑く、冬は寒く、突風の吹き拔ける過酷な土地でもある。

この土地で、人一人が殺され、その死体を確認する作業をするハメになった中年の男達は、心では「厄介なことをしてくれたぜ」と思いつつも、「仕事は、早く終わらせたい」と思っている。車の中で、警察官は、自分の前立腺肥大を医師に訴え、又、実は「自分の息子は飲酒運転で捕まってしまったが、禁酒時に飲む薬を処方してくれないか」と頼む。憮然としながらも、了解する医師。

夕日が沈むにつれ、この草原は闇に包まれ、頼りは自動車のヘッド・ライトのみ。(とはいえ、国道は数少いので迷う心配はない。対抗車は全く無し。)

僅かな夕日を頼りに、「犯人」が「あそこだったか」と言う度に、警察官や、人夫は、車を停めて、犯人(泥酔していたから、よくは覚えていない)の指定する場所を掘り返すのだが、一向に死体は出てこない。段々イライラする警官。我慢を重ねる検察官と医師。もうとっぷり日は暮れて、闇の中となってしまい、ストレスの溜まった警官は犯人を殴りつけ傷めつける。手錠の為に抵抗できない血だらけの犯人。検察官は、医師と話を交わし始め、一体、人は自分の死を正確に予測出来るものだろうか?と医師に尋ねる。そりゃ無理でしょう、と医師。検察官は、妊娠していた若い女性が、「私は、赤ちゃんを産んだら、すぐ死ぬの。」と言って自分が指定した日に本当に死んだ、と語る。医師は、「死因はなんですか?」検察官は、「心臓麻痺だと思う。」医師は「死後解剖をするべきでしたね。」検視官は、「若い体にメスは入れられないし、心臓麻痺と判っているから、」と。医師は「それでも不審死の場合は検死を行うべきですよ。」と、海堂尊さんのようなことを言う。検察官は黙したまま。

「犯人」の曖昧な記憶で掘り起こす作業に手間取った一行は、今夜はもう無理だろうと、その地方の村長の家に一夜の宿泊を乞う。村長は、都会からきた警察官・検察官をもてなし、ここぞとばかりに辺境の地にも新しい遺体安置場が必要だと訴える。若い者は村を離れ、残された老齢の人は、仏を最後に一目見ようとするので、夏場の臭いが村に篭るのが困ると。疲れ切った男達は、禄に聴いてはいない。食事後、村長の娘がお茶をお盆に載せ、電気の切れた暗闇の中、ロウソクをお盆に立てて、皆に配る。この荒涼とした、寒風の吹きすさぶ場所でありながら、娘は、信じられないほどの美女だった。誰もが、茶碗を貰って、有難うというまで、娘の顔はろくすっぽ見ないのに、チラッと見た途端、その美しさに唖然とするのが男達の表情で判る。幻覚かと思うほどの美女。その夜、トイレに二人立ちながら、検視官は、医師に、実は、死んだ女は、自分の妻で、自分の浮気が判った夜、妻は自らの死を告げていたのだが、自分は心臓麻痺だと信じている(いたい)、と、告白する。

翌朝、日が昇り、一行は犯人の記憶を頼りに犯行現場に到着する。犬が嗅ぎまわって土を掘り返している場所を、人夫が掘り返すと、人間の死体が。死体は、手足を後ろで縛り上げられた形で発見された。それを見ていた犯人の一人の少年が、「僕がヤッたんだ」と叫び始める。それを制する年上の「犯人」。直ちに、PCを立ち上げ、医師は、死体発見時の状況を検死報告用に述べ、事務員はそれをPCに記録する。作業が終わった後、屍体を都市に運ぶ段になって、遺体袋を忘れてきたことに気がつく警察官。仕方なく、衣類にくるんで、車のバック・サイドに押しこむ人夫達。

街(アンカラ)に戻った医師は、警察署に着いた「犯人」に石が投げつけられるのを見る。怒りを含んだ中年女性と息子のギラつく眼。血を流しながら、泣いて詫びる「犯人」。医師は、警察官には息子の処方箋を出して渡し、正式検死を行う。検死の助手は、旧式な検死解剖機器の不満を訴えながらも、屍体を解剖し始める。そして、その結果。。。。

と何重にも、事実の表層と表層に隠された真実が、みている私達にどうする?と問いかけているのに気がつく自分を意識する。果たして誰の、何の事実が真実なのだろうか?2時間半という時間が長いと感じさせない映画であった。映画を見たのは1月中ばであったが、強烈な印象は、消えない。

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